なぜギター製作家になったのか
- 中学二年のある日、友人がトランペットを披露してくれました。そのとき、楽器をやりたいという思いがこみ上げてきましたが、当時の私にできる楽器といえば学校で使ったハーモニカぐらいしかありませんでした。その友人の部屋にあったギターにたまたま目が留まり、父に相談したところ、伊勢にも楽器店があるとのことなので、早速つれていってもらいました。店に入ると、何の因縁かギターを教えているという人がいて、その人の薦めでミリオンヴォイスという量産品のギター(七千円)を買いました。それ以来ギターの音色に魅せられ、高校・大学と趣味としてギターを弾き続けました。しかし、四年間のサラリーマン時代は仕事が忙しく、ギターどころではありませんでした。この仕事というのがコンピュータシステム開発で、物として残らないという点にむなしさを感じ、何か自分の爪痕を残せる仕事をしたいと思うようになりました。この点にこだわりたかったのと、ちょうどそのころ自分の使っていた国産の最高級ギターに不満を覚えていたことが重なり、ギター製作家になろうと決意しました。
音楽への思いと製作
- 好きな音楽・楽器と出会いは人それぞれです。三歳・四歳の頃からピアノ・ヴァイオリンを始め、音楽に目覚め、プロになっていった人。中学時代のブラスバンドで偶然に担当した管楽器に魅せられた人。など、様々な場合があるでしょう。私の場合は、ギターを通じてクラシック音楽が大変好きになりました。この世にクラシック音楽がなければ暗闇だと思うようになりました。クラシック音楽を表現し、味わうための道具がギターだったわけです。ギターはピアノと同様に独奏楽器としての性格が強く、一つの楽器で音楽世界を作り出すことができます。指先で直接紡ぎ出された音は繊細にも大胆にもなります。音楽を知れば知るほど、また、腕が上達すればするほど音楽の深遠さを知ります。そして、楽器との対話が始まります。自分を更によく表現してくれる楽器を求めて旅する演奏家達の気持ちはよくわかります。楽器職人はその気持ちに答えるべく切磋琢磨し、精進するわけです。
理科大卒業生三重支部 理窓会2003年1月「続・続・ギター製作家の独り言」より
- ピアニストは、各地でリサイタルを開く場合、楽器はそのホールにあるピアノを使用します。ミケランジェリというピアニストは、海外にまで自分のピアノを持ち運んで 演奏したそうですが、これはまあ、まれなケースです。ピアノには一台一台個性があり、鍵盤が重くて「これじゃ指を壊してしまう」とか、「音色が気に入らないねえ」とかピアニストの思いどおりの楽器に巡り合うのはまれな事だと思います。ですからピアニストはそういうハンディキャップのもとで、使い慣れた自分の楽器以外で演奏しています。
しかし他の器楽奏者は、自分専用の日々使い慣れた楽器で演奏します。自分に合った楽器を一生探し求めている人もいますし、また幸運にもそのような楽器に巡り会えた人もいます。良い楽器に巡り合うと、音楽も変わってきます。「弘法、筆を選ばず」とは、あくまでも真理のひとつであって、楽器に関しては真ではありません。
ピアノは不特定多数の人が弾くわけですから同じサイズでないと困るわけです。ギターは個人の自分専用ですからサイズにこだわる必要がありません。そこで「手の小さなギター愛好家」にとっては死活問題である「ギターのサイズと弾き易さ」について語ってみたいと思います。
音の高低は、弦(音波)の振動数で決まり、振動数が大きいほど音は高くなります。弦の振動数は、弦の長さに反比例し、弦の張力の平方根に比例し、弦の線密度の平方根に反比例します。従って、弦が短いほど、強く張られるほど、軽いほど、高い音が出ます。
そこで、手の小さい人や、手の力の弱い人は、「弦長」を短くしたギターを求めます。弦長が短いと、フレット間隔が短くなり、張りも弱くなり、非常に弾きやすくなります。弦長の標準は650ミリ、手の大きい人は660ミリ、手の小さい人は640・630ミリを好みます。弦長を短くすると音ののびが犠牲になりますが、今まで左手で押さえることが困難だったポジションが押さえることが出来、弾けなかった曲が弾けるようになります。その弾けた喜びは、何ものにも代え難いものす。
次に「弦高」調整があります。弦高とは指板上のフレットと弦とのすきまの大きさです。低くするほど弾きやすくなります。しかしフォルテ(大きな音)のとき弦がフレットにあたりビビリ音が生じ、楽音でなくなり雑音になることがあります。ですからその人の右手のタッチに合った弦高を定めなければなりません。
それから、「指板の幅」を標準より短くしたり、「ネック(竿)の厚さ」を薄くしたりします。リンゴの皮を薄くひと皮むくと想像して下さい。それだけで、ネックを握ったとき奏者の感覚はずいぶん変わり、弾きやすく感じるものです。
そのほかに、「弦の幅」の調整があります。1弦から6弦までの幅で、ナット(左手側の0フレット)とブリッジ(右手側の駒)の弦幅を短くし、左手の開く負担を助けます。
また「弦」の種類によってもずいぶん張りが異なり(もちろん音も異なります)、ロー・ミディアム・ハイテンションの3種類が発売されています。それらは奏者の好みに合わせて使用します。もちろんローテンションの弦は左手及び右手の力の負担を軽減します。
「弦長によるフレット間隔」「弦高」「指板の幅」「ネック(竿)の厚さ」「弦の幅」などは10分の1ミリの世界です。中嶋敦著「名人伝」には、弓の名人になろうとしてどのような訓練をしたかが面白く書かれています。「小見ること大のごとく、微を見ること著のごとく」と髪の毛で虱をつるし、にらみ暮らし3年後には、虱が馬のような大きさに見えたとあります。私はその名人には全然及びませんが、10分の1ミリの世界が非常に大きな世界に見えることがあります。
理科大卒業生三重支部 理窓会2002年1月「続・ギター製作家の独り言」より
- ギター(楽器)のニスには、2つの大きな役割があります。一つは、外観を美しくみせる、すなわち工芸的価値を高めること。もう一つは、手あか・汗・湿度・キズなどから木地を守る、すなわち楽器の寿命を長くすること。塗膜が厚ければ厚いほど楽器をよく保護し後者の目的を満たしますが、逆に音に悪影響を与えます。特に表面板においては、弦の振動エネルギー(減衰振動)を空気振動に変換する装置ですから、少しでもロスを無くし最大限、音ののびを良くしてやらなければなりません。そういう意味で表面板の塗膜の厚さは薄くしてやらなければなりません。それには、ヨーロッパの古典的手法のセラック(ラック貝殻虫の分泌物をアルコールで溶かしたニス)を用いたフレンチ・ポリッシング技法が一番です。
この技法をマスタ−しようと研究している時のエピソードがあります。なんでも知りたがり屋の友人は、日本の某大手メーカーにその技法を問うてみたそうです。そうしたら「それは企業秘密です。」という返事が返ってきたそうです。私は海外からの文献を研究し、この技法をマスターするのに多くの時間を費やしました。多くの失敗を体験しましたが、これは成功への鍵となる貴重なものとなりました。独学はほんとうに時間がかかるものだとつくづく実感しました。
さてセラックを用いたフレンチ・ポリッシングには、
石粉を使って道管の木孔を埋める目止め作業があります。
石粉をふりかけタンポ(布で丸めたもの)にセラックを含ませ、円を描くように塗り重ねます。このとき石粉が木地やセラックをかき削りマイクロ・ダストを発生させ、木孔にセラックとともに埋められていくわけです。ちなみに化粧品には、この様なミクロの粉末が含まれていて、女性は毎日お顔の肌にフレンチ・ポリッシングの顔面工事をしているといえますね。
表面板は松または杉ですので、木孔を埋める必要が無く目止めの工程が省け、最小限の回数のタンポ塗りでスーパー・ウルトラ・シン(超極薄の塗り)が可能です。表面板以外は、目止めに大変時間がかかり、塗装工程だけで約3〜4週間ぐらいかかります。
このようにセラックを用いたフレンチ・ポリッシングは時間がかかり、塗膜は他の合成樹脂塗料に比べると熱や水分に弱いという、欠点を持っています。しかしその反面、音には非常によい効果をもたらしています。
理科大卒業生三重支部 理窓会2001年1月「ギター製作家の独り言」より
- 中学より始めたクラシックギターが起爆剤となり大のクラシック音楽好きになり、大学は勉強よりも音楽の方にのめり込み、かろうじて留年せず低空飛行で卒業できました。大学で学んだことの一つに品質管理がありますが、それは「統計的手法を用い3Mをなくす」管理法であります。(間違っていたらご指摘ください。)3Mとは「むり」「むだ」「むら」のことで、楽器作りはまったく逆の世界です。「むり」をして木を曲げます。木材の9割以上の「むだ」が生じます。木の厚さに「むら」があります。また生物材料を用いるのも工学系とは異なる点でしょう。私は今、技術屋とは正反対の職人の伝統に基づいた手作りの世界にはまっています。
しかし伝統に基づいた手作りの世界と言うと聞こえは良いですが、裏返せば超マンネリ化の世界です。同じ作業の繰り返しであるわけです。ネック、胴横、裏板、表面板の製作、そしてそれらの接着による組立。指版、駒の製作、そして接着。最後に塗装。どれも神経を使う面倒な作業ばっかりでうんざりします。しかし最後に弦を張り音を出したときの感激は今までの苦労を忘れさせてくれます。
弦楽器は工芸品かつ楽器としての機能の両方を持ち合わせていなければなりません。
見た目が美しく、表現能力が優れていなければなりません。それから弦楽器は、子供を教育して育てるように、弾くことによって音が出やすくなってきます。もちろん人間も素質がなければだめですが弦楽器も初めから鳴る素質が必要です。ヴァイオリンのストラディバリも初めから鳴ったと言われています。何百年も育った木を使うわけですから、何百年も音を出し続ける弦楽器を創るのが製作家の使命だと思っています。そしてそれを大切に育て上げていくのが演奏者の使命です。また弦楽器は湿度・温度に音が敏感に反応します。何日も弾かないと、初めは機嫌が悪く、しばらく弾いていると鳴り出します。ほんとうに弦楽器は生き物のようです。
私は趣味でギター演奏をしていますが、上手く弾けないときはやはり製作の方がいいなあと思い、製作に疲れるとやはり弾く方がいいなあと、思いめぐらしている今日この頃です。
現代ギター イエローページ'02 「ひとこと」より
- 「木はあばれる。だから面白い。」とは、ある宮大工の言葉です。ギターの大半は木からできていますが、その木の特徴をうまく制御し、音に反映してやるのも製作上の難しさの一つです。「ギターは生き物である。演奏者に弾く喜びを与えるものでなければならない。」私は、この信念に基づき、演奏者が「もっともっと弾いていたい。」と恋心をいだくようなギターを世に送り出したいと思っています。
現代ギター イエローページ96 「ひとこと」より
- 弦楽器とは弦振動を空気振動に変換する音の増幅器といえます。弦の減衰運動を効率よく表面材の振動に変換しつつ、表面材の特質を出してやる。これは私が楽器製作上常に念頭に置いていることの一つです。楽器は持ち主の一生の伴侶として年毎に深みを増していくものです。私の作る楽器もそうありたいと願っています。
現代ギター ギタリスト名鑑'90 「ひとこと」より
- PDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルの各課程において、年々こだわりが強くなってきている昨今です。特に、プランにおいては様々なイメージが湧いて、それらを一つ一つ実行に移していこうと思っています。心に残る音色を求めて。
現代ギター ギタリスト名鑑'86 「ひとこと」より
- ギターに求められるものは、音色と音量・バランスと分離・立ち上がりと伸び・遠鳴りと近鳴り・張力と弾きやすさ・低音と高音…など、協調・矛盾する事柄があり、また、演奏家の嗜好も様々です。私は上記の事柄を最大限に満たしつつ、個性豊かで、かつ、演奏家の嗜好にもあうギターを目指しています。